2009年7月1日水曜日

「真部知胤展」Tomotsugu Manabe Exhibition

ANOTHER FUNCTION


「ただ良い彫刻がつくりたい、それだけ」
それを真部が言っていたのは3年前だったか5年前だったか、覚えていないが、その言葉自体は強烈であった。


真部は以前に塑像での人体彫刻を制作していくうち、’人体’とファクターより’塑像’という手法をプライオリティとして彫刻を考えるように転化していったと述べている。’塑像’、というのはモデリングしていく、足し算の彫刻だ。芯となるものに
可塑性素材を盛りつけてかたちをつくっていくのであるから、自然と中へ中へとを押し込んでいかないと当然重力に負けて表面は剥がれ落ちてしまう。塑像をする上で中心に押すということは基本とも言える事であるが、一般的に’彫刻’というものを考える時、’かたち’やら’量感’やら’ムーブマン’やら要素としては種々あるなかで、真部が選びとったのは、塑像を通して中心に押すということだった。その証拠に作品の表面には真部の指紋、指で押した痕跡が残されていた。基本に忠実と言えばそこまでなのかもしれないが、紆余曲折を経てそこに辿り着いた真部のやり方は彫刻の本質へと迫ろうとしているのではないかと思われる。


田中功起が保坂健二朗との対談(田中功起、言葉にする http://kktnk.com/podcast/kotoba/kotoba.html)の中で”今の作家”は現代美術をつくる職人のようだというような事を言っているが、確かにそのような風潮は盲点のようなもので、彫刻なり絵画なりベースにするメディアはあれど、現存する作家は現代に生きているから現代美術という結構大きな枠のメディアに依存していないとは言い切れない。真部の「ただ良い彫刻がつくりたい、それだけ」という言葉は、彫刻というメディア(メディアという言い方が正しいかどうかはわからないが)に対して真摯に向き合った結果としての言葉であるような気がしている。


今展示は今年の四月に多摩美の大学院を修了したばかりの真部知胤の初の個展となる。個展に至った経緯はともかく制作場所を大学から自らのアトリエに移して、学生でなくなったところでの初個展というのは本人としても色々と考えることがあったはずだ。欧米が中心となり現代美術の歴史をつくってきたのは事実であるが、日本も他でもなく市場は小さいが現代美術というものが美術のメインストリートとして受容される国のひとつだ。そんな国において、’彫刻’に向き合う真部の今後の活動にも期待したい。

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