新国立美術館
http://www.nact.jp/exhibition_special/2009/03/nomura.html中原は美術オタクだったそうで高校時代には野村仁の存在を知っていたそうだ。京都市立芸大に入学した中原は野村を師と仰ぐー。中原のルーツを知るべく、野村仁の展示を見に行った。
以前(2001年、気がつけば8年もの時がたっていた)豊田市美術館での展示を見ていたが、その時はまだ私自身アカデミックな美術教育は受けておらず、ただ『美術館へ行く』という目的を持って見に行っていたはずで、見たところでなんだかなんて分かる訳もなく、『つまらなかった』という印象ばかり残っていた。しかし、今回の展示を見て、その8年前の『つまらなかった』は撤回せざるを得ない。『面白かった』のだ。
野村は見えないものを見えるようにするためのはどうすればよいか、という方法論に近いようなところを作品化しているように思える。卒業制作での巨大段ボールは重力と時間を、その後につくられたドライアイスを用いた作品は時間を追いかけるために写真を効果的に使い、写真を使っていくやり方はその後の「'moon' score」へと繋がり、そして宇宙へー。今展示では野村の仕事の繋がりがテキストと共に丁寧に並べられており、野村が「何を考えているのか』、ということが分かりやすく示されており、もともとは野村個人で制作されてた作品は、状況に応じてプロジェクト化されていくのも納得できる。
宇宙の形なんて、誰も知らない。地球の自転なんて、以前は信じられていなかった。野村はそういった大きすぎるものに対しての理解を『作品』を介して私たちに見せてくれる。見えないものを見えるようにする、という美術家として全うする野村の仕事を『つまらなかった』のまま放置していたことを恥じるばかり。回顧展が近い時期に(とはいえ8年ではあるが)あったことは幸運であったと思う。
そもそもは中原のルーツを、と思い行ってみた展示だったが、野村の「鶴」あっての、中原の「ツバメ」だった。
余談ではあるが新国際美術館には一昨年の五美大の卒業制作展示に訪れて以来であったが、日曜であるにも関わらず人の少なさに驚いた。新国立美術館はポスト東京都立美術館的存在になりうるのだろうか。しかし公募団体に跋扈されているようでは、未来は決して明るくない。

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